by axxxm
30/April/2024 in Tokyo
冬に訪れた京都のカフェ『フランソワ』にて。
女性と会うときはいつもそうするように、ひとつのソファに並んで座りながら、東欧出身の彼女の話を聞いていた。
大学の授業
卒業後の予定
日本での生活
友達
元カレの話
日本の男の印象
母親との関係……。
ふと、目を惹かれた。
1メートルほど先の机に並ぶふたつのカップ。
熱い黒い液体がそそがれた、白いふたつのカップ。
赤い印が、彼女の側にあるカップにだけついていた。
口紅のあと。
たった今ついたみたいに、まだ乾かないで濡れていて。
ねっとり。
まっ白な冷たい大理石の上に塗られた、ナマあたたかい、濃厚な赤。
妙に照って輝くその赤いふしだらに気がついた瞬間、時が一瞬止まった。
話していること、彼女の存在、そしてこの世界のあらゆるもの。
すべてが後方に退いた。
世界に唯一残されたもの。それは彼女のくちびるを忠実に写し取ったこの赤と私、二人だけ。
男の眼前に迂闊に晒すべきではない、濡れてぬめった深奥の秘密。
コーヒーカップに化身して、そして溢れ出してしまった、オンナの秘すべきみだら。
彼女すらも気付かぬうちに。
私だけが見ていた。