キエフ

30/March/2021

ウクライナはキエフを2018年9月に訪ねたときの記憶

私は友達をブダペストに訪ね、その足でキエフへも足をのばした。初めて見るウクライナの都は、白黒テレビのようなざらざらした粗い質感に満ちていた。

中心部から少し外れると、何もない荒れた緑の野原と、「ソ連的」としかいいようのない灰色の朽ちた高層住宅が並ぶ。

折りしも雨の多い時期であったので、歴史の失敗を象徴するそれらの景色は、より一層深い憂鬱と哀しみとを運んできた。

しかし街に沿って流れるドニプロ川の威容を眺めると、それとは全く反対の感情がわき起こってくる。

晴れの日には、空の色を煮詰めたような濃い群青色が水面に広がって、大海のごとき姿を見せるこの大河こそ、キエフ・ルーシの古都の繁栄の礎であって、どのような歴史の変転があろうとも、今も変わらぬ慈悲深さで、絶えることのない恩寵をこの都に注ぎ込んでいるのである。