ショッピングモールの爆破予告

14/June/2022 in Belgrade

昨日、宿に戻り際、宿のすぐ前にあるショッピングモールで買い物をしようと思っていたが、なぜかショッピングモールの前の通りには大勢の人が座っている。

そういえば数日前もここで同じ光景を見たことがあった。

シャドウとの間の小さな草むらに段ボールをしいて、木にもたれて本を読んでいる若い男や、スナック菓子を真ん中に、輪になって話している女たち。

さながら大学生の課外授業、あるいはこんな晴れた暑い夏の日の夕方にふさわしいピクニックのような趣き。

しかしなぜわざわざショッピングモールの前の、こんな狭い通りでやっているのだろうか・・・と、2人組の若い女に聞くと、「Closing」という。

ショッピングモールが閉まっているという意味らしい。

「But it's too early to close, right?」と返すと、一人の女が「Bomb」という。

セルビアの若い人にはめずらしく、英語があまり達者ではなく、「Bomb」以降をどのように説明すればいいのかわからない様子だったが、自分にはこれだけで状況が飲み込めてしまった。

この国へ来る前、セルビアでは爆破予告が相次いでいるというニュースを見ていたからだった。


宿に戻った後に調べると、二ヶ月ほど前からいくつかの英語の記事が見つかった。

ローカルニュースでは、おそらくもっと多くの記事が出てくるのだろう。

爆破予告が続く原因は、ロシア制裁にセルビアが参加していないからだという。


「Bomb」とだけいって次の句をつげない女たちと別れた後、宿に続く坂道をのぼりながら、もし今回の爆破予告が本物ならば、次の瞬間にも、自分の真横にあるこの巨大ショッピングモールは爆発するのかもしれないという考えが浮かんだ。

何度も爆破予告が繰り返され、セルビア人が誰ももう真剣にとっていないのは、あのピクニックの雰囲気からも明らかだった。

それでもショッピングモール横の、自分がいつも通る咲く道に面してある従業員用の専用入口には一台のパトカーの姿が見えて、そこまで職務熱心には見えないセルビア人の景観が一応やってきては、館内に不審物がないかを調べている様子がうかがえた。

もしこのショッピングモールが爆発して、横の道を歩く自分の人生がいまここで終わっても、それでもいいと思った。

日本にいる親が、私の亡骸の処理に手間取るだろうという気掛かりしか、今の自分を生に引き止めているものはないと思った。