日本人と『あなた』

18/April/2023 in Tokyo

「私は田中です」

「あなたは先生ですか」

「あなたは昨日なにをしましたか」

「あなたはどなたですか」


これを大人の日本人が書いたと思う人はいないであろう。

よくて小学生、あるいは日本語を勉強している外国人が書いたように見える。

日本語では主語を省略するからである。

そのため日本人が普通つかう言い方に直すと、主語を削って次のようになる。


「田中です」

「先生ですか」

「昨日なにをしましたか」

「どなたですか」


このように書き直してみると、日本語では「あなた」という言葉をほぼ使わないことに気がつく。

これは実に不思議なことである。

「You」を使わない英語の文章など想像できないが、日本語では「あなた」を使う場面を思いつくのは難しい。

日本語で非常に使いづらい言葉が「あなた」だった。

そして実は私たちはこの言葉を積極的に避けているようでもある。

「あなたはどうですか?」と普通はいわず、「田中さんはどうですか?」と名前を明示したり、相手が教師や医者なら「先生は〜」「課長は〜」「家具屋さんは〜」と役職・職業を使ったり、あるいは「ご自身はどうですか?」といったりして、「あなた」という言葉は忌避されている。

これは三人称の主語にも当てはまり、「彼」「彼女」「彼ら」「彼女ら」などの言葉は、「あなた」よりかは耳にする機会も多いが、使えば不自然な硬さが出てしまう。


『わたしたちの英語(宮武久佳著)』という本でも言及されていたが、「あなた」という二人称の言葉が欠如している......とまでいかなくとも、「非常に使いづらい」という日本語の特徴は、日本人の対人関係能力にも影響を及ぼしているのではなかろうか。

日本人の「ウチとソト」概念はもはや聞き飽きているが、しかし現代日本人の病的に低いコミュニケーション能力、病的なコミュニケーション回避傾向、病的な対人関係の回避の原因の大きな部分は、「ソト」という環境でどう対処すればいいのかわからない恐怖から来ていると言えなくもなかろう。

ソトに出ていって他者と対面しても、その人を指す「あなた」という言葉を使えない。

日本人が病的なほどのコミュニケーション恐怖症に陥っているのも当然なのかもしれない。